【キャンプの輪】設備よりロケーション!20代女性キャンパーの冒険キャンプライフとは?
86歳でも山に挑み続けるレジェンド、三浦雄一郎とアスリートの挑戦を支えるザ・ノース・フェイス
2022.07.01ノウハウ
2019年2月22日に世界的に有名な冒険家でプロスキーヤーの三浦雄一郎氏と三浦豪太氏の親子による「MIURA ACONCAGUA 2019トークショー」が開催されました。2013年に80歳で世界最高齢のエベレストに登頂するなど、数々のギネスもお持ちのレジェンドから話しが聴けるということで、ワクワクしながら会場へ。チャレンジし続ける三浦さんとそれをサポートするザ・ノース・フェイスについてご紹介します!
制作者
ニーノ
タウンユースでもアウトドアでも使えるハイスペックアイテム大好きなアラサー。ウエア、ファニチャーと物欲が止まらない!軽登山、アスレチック、旅行、散歩も心の栄養。
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もくじ
三浦親子について
出典:DanielPrudek/ゲッティイメージズ
三浦雄一郎さんは1970年のエベレストスキー大滑降や、7大陸最高峰からのスキー滑降を成し遂げたあと、70歳、75歳、80歳でエベレスト登頂に成功。息子、豪太さんは3回のエベレスト登頂をサポートし、さらにモーグルスキー日本代表として、2度のオリンピック出場を果たしたアスリート。一方で医学博士としての顔ももち、その知性とユーモアからユニークなスキー解説をすることでも有名です。
アコンカグア登頂その1.年齢制限の壁
アコンカグアに登頂した経緯
今回のトークショーでは、86歳にして標高6,000mもあるアコンカグアに挑戦し、残念ながらドクターストップで登頂を断念した経緯、86歳という年齢で挑戦した理由や、行くまでの計画、方法などを詳細に伺いました。
出典:pawopa3336/ゲッティイメージズ
実は、当初アコンカグアではなく、ヒマラヤの「チョ・オユー」という世界で6番目に高い山に登る予定でした。しかし、チベット登山協会から75歳以上は登頂不可という突然の年齢制限が設けられて断念。急遽、セブンサミット(※)の一つ、アコンカグアに登頂することになったそうです。
※セブンサミットとはアジア、南米、北米、アフリカ、ヨーロッパ、オセアニア、南極の7大陸でそれぞれ最も高い山をまとめた総称
アコンカグア登頂その2.体力の壁
無事登頂するための登山計画
今回、一番重視されたのは、いかに雄一郎さんに無理させず、体力を温存して登頂するか。そのために一番懸念されたのは、宿泊数の多さでした。標高差3,000mを登るには9日かかるため、大変なストレス。そこで、現地のガイドから提案を受けたのがヘリコプターで5,500m地点までいき、酸素を併用して登頂することでした。
さらに負担がかからないように、通常は標高差600m程度を区切りとするのに対し、今回は標高差を300mに区切ってゆっくり登頂。平常時と同等の毎分2Lの酸素を吸って、2〜4時間程度歩いて進む登山計画を立てました。雄一郎さんも初日5,500〜6,000mまで登るのにも関わらず、気分良く順調に歩みを進められたことで、非常に自信を持ったそうです。
アコンカグア登頂その3.日本人ハイカーの障壁
出典:NanoStockk/ゲッティイメージズ
念には念を入れて、無理をさせない登山計画を立てたのにも「突然死」というリスクがあったからでしょう。高山に無酸素で登頂すると、大概の人はその後、高所の影響で1〜3ヵ月程は仕事に復帰できないそうです。特に日本人ハイカーは無理に頑張ってしまい、数日後に突然亡くなってしまう「突然死」が他の国よりも多いと言います。そんなことも相まって細心の注意を払いながら登頂しました。
また、現在は世界的なエベレストを含めたセブンサミットでも、ヘリコプターや酸素を積極的に用いるスタイルが一般化しつつあります。豪太さんも「無酸素で登るのが正統だと思う人も、いるかもしれませんが、突然死は主観と客観性の違いによって起こります。自分は大丈夫!と言われると客観的に判断しにくいため、自分の健康だけ念頭に入れながら登って欲しい」と無理な登頂の危険性について語られていました。
地元のドクターも本当に親身になって体調を見て、サポートしくれたそうです。高所登山はその後の体力、生活、人生にも影響を及ぼしてしまいます。時代と共により安全にサポート体制は変わり、雄一郎さんも「非常に頼もしい」と話されていました。
息子の豪太さんは、この登山方法が新たな指標になればいいと話されました。今までは登ってみたいと思っていても、体力に不安があって挑戦できなかったなど、この方法を使うことでが多くの人が、美しい景色や山の素晴らしさを知れることになるのではと、新しい登山のスタイルを語っています。
アコンカグア登頂その4.苦渋の決断
健康面も、体力温存もバッチリな登山計画で順調に進んでいましたが、アタック直前に暴風警報が出されました。停滞を余儀なくされた場所は、標高6,000mの通常の人でも高度順化しにくく、頭痛、吐き気が襲うコレラキャンプでした。ここで数日過ごしていくうちに、だんだん雄一郎さんの息遣いは荒く、苦しそうに。とうとう、これ以上の高所体制が長引けば心肺停止のリスクが上がるため、ドクターストップがかかってしまいました。
このことを豪太さんから雄一郎さんに伝え、下山を説得する場面は大変印象的でした。涙ながらに、「ここで例え登頂を諦めても、お父さんは何度でも挑戦すると思う。だから、今回はひいてくれ」と訴える中、雄一郎さんは、目をつぶったまま「大丈夫だ。もうちょっと!」と引かず、豪太さんは20分程度の説得が、半日もの時間に感じたと話していました。豪太さん曰く、「うちの父親は一歩下がっても、二歩下がっても絶対上を見ている人だから、理論では説得できないと思った。だから、感情でぶつかった」のだとか。ここで、雄一郎さんは下山を余儀なくされましたが、雄一郎さんの想いは、アコンカグアに登頂したことがない豪太さんに託されました。
終わりなきチャレンジ
今回は残念ながら登頂を断念しましたが、雄一郎さんのチャレンジはまだまだ続きます。また、アコンカグア登頂の目的は90歳でエベレストに登れるかのテストでもあったと雄一郎さんは語り、登ってみて『これは90歳でもエベレストに登れるかもしれない』、そんな錯覚を持ったと話し、90歳でのエベレスト登頂へ向けた思いを話されました。豪太さんも、次の目標がすぐ決まり、変わらず元気な雄一郎さんを見て安心した様子。何歳になっても過酷な挑戦を続けられる秘訣は、高い目標を追いかける前のめりな姿勢にあるのかもしれませんね。
高い壁にも立ち向かえる
「MIURA ACONCUGUA 2019プロジェクト」のオフィシャルサプライヤーとして、ウェアを提供する「ザ・ノース・フェイス」。三浦雄一郎さん、三浦豪太さんをはじめ、遠征隊メンバーへサポートを行ったそうです。今回、トークショーで話しを伺い、ギアの大切さに改めて気づかされました。いい道具は、身体機能や能力を高めてくれます。
ひと昔前だったら、体力の衰えを感じたらどんなに好きでも諦めなければならかった。それが、今回のようにウェアやギアの力で、自身の身体能力を補い、新たなチャレンジができるんだと感じました。ザ・ノース・フェイスは多くの人にチャレンジの希望を与え、可能性を示してくれたと思います。今後も、アスリートやユーザーのサポートにも力を入れていって欲しいなと思いました。
まとめ
いかがでしたか?いくつになっても、挑戦し続ける三浦雄一郎さんに心からの尊敬と、自身も頑張らなくてはと戒めの気持ちで一杯になりました。自分はもう歳だからとか、体力に自信がないからと諦める必要はなく、今自分にできる努力と、少しのテクノロジーで、いつ始めても、何にチャレンジしてもいいんだと勇気をもらいました。これからの、三浦さん親子にもザ・ノース・フェイスの活躍にもにも期待したいですね。