【ブランドラブ】その人に合ったシュラフを提供したい。モンベル広報が伝えたいこと
フィールドを遊び尽くしたモンベル社長が語る「ベースキャンプ」という楽しみ方。
2024.03.22ライフスタイル
アウトドアに関わるものなら、ほとんどがそろうと言っても過言じゃない「モンベル」。ブランドの精神も、ただキャンプを楽しむだけにとどまらない「ベースキャンプ」という考えが根幹にあります。サイトはあくまで基地。そこからアウトドアフィールドで縦横無尽にアクティビティを満喫したあと、夜はいわゆるキャンプを堪能する。自身も幼少からそんなふうに遊んできたという、モンベル代表取締役社長、辰野岳史さんに話を聞かせてもらいました。
制作者
池上隆太
月刊男性ライフスタイル誌編集長を経て、フリーランス。川と滝と海が好き。キャンプで作る無水カレーがカレーのゴールだと信じています。忘れられないキャンプ場は野呂ロッジ、好きな飲み物はお酒、ベストジブリは「海がきこえる」、摂りたい栄養はスルフォラファン。きゅうりが苦手。
もっと見る
「モンベル」代表取締役社長、辰野岳史さん
プロフィール
たつの・たけし。1976年生まれ。大阪府出身。父はモンベル創業者の辰野勇。自動車カスタム業界を経て、2000年にモンベル入社。「お店にいればお客様の希望を叶えることに立ち会える」という自身の言葉どおり、関東の店舗で販売業務歴が長く、みなとみらい店では立ち上げの店長に。2017年、代表取締役社長に就任。
普通の休日の遊びに「アウトドア」があった
「モンベルに入社してからは、仕事帰りに河川敷でキャンプして、焚き火の匂いがついたまま出勤したこともありました。それが許される職場もあまりないですよね(笑)」
――アウトドアで遊ぶようになったきっかけは何だったのでしょうか?
辰野岳史さん(以下「辰野」):私が生まれる1年前にモンベルを立ち上げた父がいましたから、休みの日に「家族で遊びに行く」というとアウトドアフィールドでした。カヌーやスキーで遊んでいたんですが、それをするために、前泊でキャンプをしたり。特別なことではなく、休日の遊びの選択肢の1つでしたね。
モンベルに入社した頃は、新たにアウトドア好きな友人がたくさんできまして。クライミングするのにベースとしてテントを張ったり、カヌーやバックカントリースキーを楽しむ前泊でキャンプする、ということが日常茶飯事でした。
――キャンプ自体を楽しむというよりは、必然的にキャンプになる感じですね。
辰野:そういうことも多かったですね。ただ、友人グループでフィールドに繰り出しても、それぞれ得意とするアクティビティが違う場合、「みんなで楽しむ」ものはキャンプだけになるんです。東京に住んでいた頃は、みんなで山梨県の西湖に行って、自転車をやる人は自転車を乗りに行って、料理好きな人は一日中料理をしてるような感じで。
昼間はそれぞれで楽しんだあと、ベースに戻ってきてからは、いわゆる「キャンプを楽しむキャンプ」というんですかね。それも楽しみの1つでしたから、キャンプ自体を全く目的にしていないわけではなかったんですよ。
非日常の中では、全てが楽しい!!?
「カヌーイストの野田知佑さんとユーコン川に行った時は、テントをもっと離してましたかね。プライベートが大事、みたいな感じで」
モンベルのアイテムのミニチュアを使いながら解説
――キャンプの時はどんなふうに過ごされていますか?
辰野:最近は家族で行くことが多いので、料理がメインですね。設営が終わったら料理をして、食事したら片付けをして…そのまま朝になったら撤収準備です。平日の仕事中より忙しいかもしれません(笑)。今まで私がしていた前泊のキャンプは、30Lくらいのバッグでパッと行って、シングルバーナーで食事、寝袋を出して、すぐ就寝。起きたら10分、15分で動き始めるというものだったので、ギャップはありますね。
ただ、家族が増えて、道具も増えると、「どれだけ簡単に使えるか」「軽いか」「片付けやすいか」などを以前よりも気にするようになりました。そういう意味では、今のキャンプのほうが見えるものが増えて、ものづくり側の自分の役に立っていますね。
――心に残っているアウトドアの思い出はありますか?
辰野:先日亡くなられてしまいましたが、カヌーイストの野田知佑さんと1カ月ぐらいかけてユーコン川を下ったことは忘れません。野田さんは自主性を重視される方でしたので、私も自分で装備を考え、食料を計算していかなければいけませんでした。
キャンプ地には熊がいるので、夜になると空に向けて銃を撃って、人がいるってことを伝えてから寝るんです。野生のムースなんかもテントの横を通るわけですよ。生臭い匂いがして「ブフーッ」なんて息が聞こえて。外には大きな動物の足跡が地面に並んでいたり。そんな体験をして朝を迎えると、「ああ、生きてるな」と心から思えましたよね。
「"辛かった"思い出…。なかなか浮かびませんね」と笑う辰野さん
――過酷な旅にも聞こえますが、アウトドアで辛いと思った体験はありますか?
辰野:「辛い」というのはないんですよね…。ユーコン川の時もゴール地点目の前で雨に降られて、3日間ぐらい到着が遅れたんですよ。つまり、食料が3日分足りなくなるわけですよね。ずぶ濡れになりながら食料のコンテナを開けたら、端っこにニンニクがひとかけら落ちていて。揚げたものを「いつ帰れるかな」って考えながら、ポリポリ食べたりとか、ありましたけど…(笑)。辛いと言えば辛かったんでしょうけど、非日常の中でだからですかね。目的の途中で起こることですし、結果的には楽しかったんだと思います。
――アウトドアフィールドで過ごす醍醐味は何だと思いますか?
辰野:フィールドに出ると、街では体験できないことがたくさんあります。こんろから当たり前のように火が出て、水を自由に使える日常に対して、フィールドではガスも水も残量を気にしないといけません。モンベルの「アウトドアチャレンジ」というイベントでも、親子で参加されたお父さんに、「子どもに火の番をさせたい」と言われたことがありまして。お子さんに「朝6時に起きてきて」と言って、木の枝を探しに行かせましてね。着火剤を使わずに火を焚いて、お湯を沸かして。それはもう、本人は自信がつきますよね、ゼロから火をおこせたわけですから。
そういう何かが変わるきっかけがあるというのが、アウトドアフィールドなんですよね。試行錯誤の世界を体験すると、心が豊かになるのだと思います。
モノではなくコトを売る
家族でのキャンプ中に思いついたというマルチフォールディングテーブル。「ほら、こんなふうに足が入るわけです。ここからちゃぶ台くらいまで、高さを3段階に調節できます」
――ご自身の経験が商品作りに反映されることもありますか?
辰野:子どもとキャンプに行くようになってからひらめいたのが、高さが調整できる「マルチフォールディングテーブル」ですね。折り畳みテーブルといえば脚が交差するような作りのものが多くて、椅子に座った時に子どもの足が下に入らず、蹴っ飛ばしてしまうのが気になったんです。そこで椅子がちゃんとテーブルの下にくぐるように工夫しました。
子どもが生まれてから、そういう商品が増えたんですよ。最近は犬を飼い始めたので、犬用品のアイデアがたくさん出てきます(笑)。
実は、父もそうでしてね。私が自転車少年だった中学生の時、一緒にキャンプしながらツーリングに行ってくれたんですよ。そうしたら、自転車の商品が増えましてね。それがモンベルのものづくりの基本的な考え方かなとは感じます。商品アイデアを出しているのは、もちろん私だけではありません。ショップスタッフ全員からアイデアを集めます。各ショップにフォームがあって、そこにこんな商品を作りたいという思いを書くんですが、毎回すごい量が届きますよ。
――そういうことがヒット商品に繋がるんですね。
辰野:「売れるものを作りたい」と思っているわけではないんです。あくまでお客様に適切なものを届けるのが目的。だから、集めたアイデアの中で「どこそこのメーカーで売れているから」という理由のものは採用されません。逆に言えば、どれだけニッチでも「誰かが本当に欲しいもの」なら迷わず作ります。
たとえば、モンベルの靴が足に合わない人は、絶対にいるんですよ。そんなときは、うちではないショップさんのものでもいいから、お客様に合うものを紹介してくださいとスタッフに伝えています。
焚き火台「フォールディング ファイヤーピット」も辰野さんの実体験から生まれた製品。焚き火の煙の多さに辟易して「煙を気にせずゆっくり過ごしたい」と思い、少ない煙で効率よく薪を燃やす「二次燃焼」ができる本製品を開発
辰野:私は"モノ"を売っているというよりも、"コト"を売っていると思っていまして。もし、売り上げ目標があったとしたら、お客様に合わなくても売ってしまうかもしれない。そうすると、その方は初めて登山に行ったのに靴擦れをしてしまうんです。それで「二度と行きたくない」となれば、その方が今後出会えるかもしれなかった"楽しいコト"が全部飛んでしまうんですよね。それは私たちの本意ではない。モノではなくてコトを売るというのはそういうことだと思うんです。
カードサイズに折り畳めるエコバッグ「フラットバッグ」は「コンビニ行ったときに考えました。お弁当が入るバッグが財布に入ってれば便利なんじゃないかなって」。
普段の生活からもアイデアが生まれるという辰野さん
――今、ご自身が思う理想のキャンプはどんなものですか?
辰野:最近のキャンプは「いかに快適な装備でフィールドという異空間を楽しむか」という方向性だと思うんですけど、私は幼少の体験からキャンプはあくまでもベース。次の行動を起こすための基地というスタンスは変わらないんですね。だから設営と撤収はコンパクトにして、アクティビティをゆっくり楽しむ時間があるのが理想です。
現状、子どもと行くキャンプでは料理番ですが、少し子どもが大きくなってきたら、それぞれが自由に遊んでベースに戻ってくる、以前仲間たちとしていたような遊び方がしたいですね。そういう意味では、あと数年後が楽しみです。それまでに、もっと面白い商品を作っておかないといけませんね。
モンベルのショップがフィールドの入り口!
モンベルの元本社ビルにある「モンベル 本社ANNEX店」(大阪府大阪市)。4フロアにも及ぶ店内にはキャンプ用品以外にもカヌーやカヤックから、ドッグ用品、自転車までラインナップ!
アウトドア活動を通して地域の活性化を促すため、近年、全国さまざまな自治体と「包括連携協定」を結ぶモンベル。辰野さんは、2020年にオープンした秋田美郷店(秋田県美郷町)を例に、楽しげに語ります。
「秋田の中心部から車で1時間。自然は豊富にあるけれど、アウトドアが文化としてはまだまだ浸透していない場所ですよ。でも、私たちが店をオープンしたことで、そこに毎週のように買い物に来る人が現れる。最初はジャケット、次は椅子、その次にテント…。その方の成長が見えるのだ、という話をスタッフから聞くんです。そんなふうに、モンベルのショップがアウトドアフィールドに訪れるきっかけになってくれれば、こんなにうれしいことはないですよ」。
実際にモンベルのショップは全国津々浦々に点在します。新しいギアを買いに行くのはもちろん、まだキャンプの魅力に気づいてない友人とともに訪れて、仲間に引き入れるのも楽しいかもしれません。
撮影/鞍留清隆
これだから、そと遊びはやめられない。
「アウトドア(キャンプ)」という、遊び領域で長年走り続ける注目の人物に「なぜそと遊びが好きか」を問いかけるインタビュー連載。